こんにちは!
働くママ先生のぽんケロです。
育休から仕事復帰して1年を経過した所で有難いことに2人目妊娠生活がスタートしました。
2022年9月に無事出産し、現在は2児のママとなりました。
2人目の妊娠生活は1人目の時よりも悪阻が辛く、
育児しながらだったので、妊娠・仕事・育児の両立が上手くできず…
様々な人や制度に助けてもらいながら過ごしました。
正直1人目の妊娠生活の記憶もありありません。
(1人目の時は担任をしていて、悪阻中も遅くまで仕事をしてヘロヘロ…でも休まず通勤していたので、なんとか悪阻も大丈夫だったのかな…)と今振り返ると感じます。
が!2人目妊娠では仕事中の悪阻が耐えられませんでした。
授業は出来ても、その他の時間はうずくまるか横になっていました。
(本当に屍のようでした…)
喉が渇いても、水も気持ち悪い…
お腹が減っても気持ち悪いけど、食べても気持ち悪いし、食べた後の口の中が気持ち悪い!
そして最も辛かったのが、通勤時間です。
私は車通勤で、通常1時間位なのですが、朝のラッシュ時は1時間半くらいかかりました。
悪阻は病気ではないからこそ、有効な薬や治療がありません。
だからこそ、辛く、苦しいです。
そしてそれが、2~3カ月…長いと出産まで続きます。
今まで普通に出来ていたことができず、動けない。その状態がいつまで続くか分からない。
その状況は精神をじわじわ蝕みます。
(今、思い返すと悪阻ピーク時の私は別人でした…)
人によって悪阻の状況は違います。
どんなに悪阻が軽くても、日常と少しでも生活が変化すればストレスです。
そして妊婦は生きているだけで精一杯です!
(悪阻中は寝ていても辛く…この言葉で自分を励ましていました。)
そんな状態を乗り越えるためには、やはり周りの力が必要です。
私がどんなことを助けてもらっていたかを紹介します。
私のモットーは「頑張らない」「無理しない」
世の妊婦さん!そして妊婦さんの周りのご家族さん!
皆で協力して妊娠生活を乗り越えていきましょう!
職場で配慮してもらったこと
悪阻がピークの時期に療養休暇取得
妊娠5週から始まった悪阻…
授業だけはなんとか行っていました(中学生からパワーをもらって、なんとか元気を蓄えていました)
しかし、授業以外は動けず…そんな状態が1カ月くらい続いたある日
先輩の先生か心配して声をかけてくれました。
ツライ時はお休みもらっていいんだよ。
その先輩も、妊娠初期に悪阻がひどく、1カ月半程お休みをもらったのだそうです。
「仕事は皆で代わりができるけど、赤ちゃんを育てることは代わることができないんだから、休むことに遠慮する必要ないんだよ。」
そんな風に背中を押してくれました。
その後、産婦人科で「妊娠悪阻」の診断書をもらい、安定期までの1カ月程お休みをもらえることになりました。
おかげで、悪阻のピークを乗り越えることができました。
悪阻のピーク時は、飲めず食べられず…よだれ悪阻で自分の唾液も呑み込めず。
定期的に嘔吐してしまう状況でした。
なので、すぐに横になれる状態で悪阻の時間を迎えられたことは有り難かったです。
(と言っても、横になっても辛いものは辛かったです…)
通勤状況を緩和するための休暇取得
私は地方で教員を行っているので通勤は車です。
通勤時間は約1時間。
朝の通勤ラッシュだと1時間半になることもあります。
朝、しっかり睡眠を取って調子が良くても、1時間の通勤で気持ち悪くなり、職場に着く頃には屍化…
そこで、朝の通勤時間を短くするために朝1時間休暇をもらうことにしました。
(育児時短勤務ではなく、休暇を取得していました。)
取得した休暇は、1年間にもらえる休暇とは別のものです。
私が働く地域では妊婦の通勤時間緩和休暇というものが毎日1時間以内であれば取ることができました。
朝のラッシュと通勤時間がズレるように、私は朝にこの休暇を取得していました。
給食指導の配慮
悪阻がツラくなってから、教室での給食指導を他の先生にお願いしていました。
妊娠初期の状況
教室中の給食の匂いで気持ち悪くなる
↓
給食を食べると気持ち悪くなる
↓
食後、横になっていないと気持ち悪い
妊娠中期の状況
給食は食べられるようになった
ゆっくり食べないと気持ち悪くなる
↓
食後、横になっていないと気持ち悪い
この様な状態だったので、生徒と一緒に給食を食べることが難しく、お昼は職員室でとらせてもらっていました。
また、職員室で食べる時も、大人数の食事の匂いが気持ち悪いので、他の職員と離れて食べていました。
悪阻中はお腹が減っているけれど、どんな風に食べたらいいか分からない(食べられない)…
人によっては、特定のものしか食べられないこともあります。
そんな不安定な状態なので、可能であったら給食指導を別の職員に代わってもらえるといいと思います。(私は代わってもらえて、とても助かりました。)
家族に協力してもらっていたこと
夫に協力してもらっていたこと
私が夫に協力してもらっていたことは「日常の家事」と「寝るまでの息子と遊ぶこと」です。
<夫にお願いしていた家事>
・食器洗い(自分が食べたもの)
・お風呂掃除
・洗濯物たたみ
・息子のおもちゃ片付け
(・悪阻のピーク時は食事も作ることができず、夫には食べてきてもらっていました。)
<私が行えていた家事>
・息子の食事用意・片付け
・自分のお風呂
悪阻時、平日(夕方)は下記のようなタイムスケジュールでした
20:30~21:00
夫帰宅→夕食
悪阻で起きていることが辛かったため、夫が帰宅すると私は横にならせてもらっていました。
~21:30
息子と遊ぶ
21:30~
息子の歯磨き→寝かしつけ(私はこの寝かしつけで息子と一緒に寝ます)
その後、
夫はお風呂、食器洗い、洗濯物たたみ、息子のおもちゃ片づけ等を行い、就寝。
悪阻中は夫を気遣う余裕もありませんでした。
仕事から帰ってきて、息子と遊び、家事を行う…その間妻は悪阻でダウン…夫も辛かったと思います。
悪阻ピークが過ぎて夫にこの時のことを聞いてみました。
「どんどん具合が悪くなる妻を見ていて不安になった」
「悪阻はいつまで続くのだろう…と不安だった」
「悪阻がどんなものか分からなくて、自分は何をしたらいいのか分からなくて不安だった」
「いつ終わるか分からない悪阻」に苦しんでいたのは私だけでなく、夫もだったのか!
そんなことに、2人目の妊娠にて初めて気づきました。
●悪阻とはどんな状態・症状なのか
●どんなことはできるのか、協力してほしいことは何か
●不安な事は何か
この事を夫にしっかりと伝えることの大切さ、
夫婦でコミュニケーションを取ることの大切さを改めて感じました。
義母に協力してもらっていたこと
義母に協力してもらっていたことは、「保育園の送迎」と、悪阻ピーク時の「息子のお風呂」です。
保育園の送迎をお願いできる事は、本当に有難いです!(助かります!)
そして、悪阻ピークの時は湯気、シャンプー、シャワーを浴びる事、全てが気持ち悪かったため、義母に「保育園の迎え→義母宅でお風呂→自宅」をお願いしていました。
実家に協力してもらっていたこと
休職していた1カ月間は、実家に泊まっていました。
・自分・息子のご飯の準備
・息子の入浴
・寝るまでの息子の遊び相手
・息子の寝かしつけ
上記をサポートしてもらっていました。
悪阻で体を動かすことも辛かったので、息子に対して自分以外にも大人の手があることはとても有難かったです。
育児と仕事、妊娠の両立は思った以上に大変でした
同時に、思った以上にサポートしてくれる仕組みがあること
家族に助けてもらう事の大切さを実感しました。
1人目の妊娠の時、妊娠は病気じゃないから、頑張らないと・・・と1人で頑張ろうとしていました。
しかし、無事出産できるように周りの力を借りることは、妊娠中だけでなく産後の子育てでも大切なことであることに気が付きました。
これからも、サポートの仕組みを勉強・利用し、家族と協力して子育てを頑張っていこうと思います。